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第59回

「利他は自利なり」

最初にどうしてこういう題にしたかをお話します。1981年7月江南ロータリークラブに入会しました。その時、17代会長は税理士の真野先生でした。ご自身が所属しておられたTKCの機関誌を全員に一年間贈呈されました。その月刊誌にTKCの創立者飯塚毅氏の大型インタビューが連載されており毎号楽しみでした。飯塚氏は仏教に詳しくそこからこの題名をつけられたようです。その時から好きな言葉となってしまいました。
誰でも幸せになりたいと思う訳ですが、それは何でも欲しい物が手に入り、そして健康であることだと思います。これは最近聞いた事ですが、どんどん物を欲しがりそれを満たすのが、ドーパミン系の幸せ感であり、西欧人にその傾向が強いそうです。一方、日本人に好まれるようですが、静かな幸せでセロトニン系だそうです。座禅などから得られる喜びは正に後者だと思います。
人の運命サイクルに十二支と九星がよく用いられますが、その最小公倍数は三十六です。三十六は早すぎますので×2として七十二歳が一つの区切りかと思います。私もそのあたりでバトンを次に譲りました。今は妻と次世代の幸せをもっぱら祈っています。自分の頭の上のハエも追えないのにといつも妻に笑われますが、バトンを渡した今は、自分のやった事、よいと感じた事をお話しても許されるのではないでしょうか。
社会に出てからの五十~六十年でほぼ間違いないと感じている事が、本日題にさせて頂いた”利他は自利なり”と云うことです。生死と幸福とは多かれ少なかれ殆んどの人が考える事でしょうが、人生の大半においては幸福が関心事です。収入が増えて欲しいものが手に入る幸せと、まあそんなに収入が多くないが必要なものがまあまあ手に入り、気持ちが穏やかでいられる幸せとがあると考えられますが、どうも他者によくする事がそうした状況につながるような気がします。即ち”利他は自利なり”であります。”とろうとろうはとられの巻”とか”情けは人の為にならず”とか云われますが、この辺りの消息を物語っているのではないでしょうか。
私の人生の大半は中小企業の経営者として過ごして参りました。おこがましいですが、自分でやって良かったと今も思っていることをいくつかお話します。もし少しでも聞いて下さった方のお役に立てればと云うことで、利他になればと思っています。

【潜在意識】
まず何と云っても潜在意識の活用です。最初に教えて呉れたのは弟の源公です。氷山の見えるところよりも海水の中にある氷の部分がはるかに大きいように、顕在意識よりも潜在意識の働き、力の方がずっと大きいと云うことです。やりたい事、やろうとしている事を顕在意識に送りこんでも仲々実現しませんが、潜在意識に刷り込めば、知らずしらずの内になし遂げられると云うことです。しかし、自分の思いを潜在意識にどう埋め込むかが問題です。その方法と説いた本は書店に行けばものすごく沢山あります。よく自己実現と云う言葉が使われますが、本当になし遂げたいことを潜在意識に刻み込むことが大切です。
綿新の丹羽愛礼さんがナポレオン ・ヒルの本を紹介して呉れたのが、こうした分野のものを読むきっかけとなりました。その後マーフィーを何冊か読みました。アメリカではPOP哲学として高額な教材もいろいろあるようです。勿論、本も沢山あるようです。自分の希望を肯定的に腹おとしすることなのでしょう。オバマの Yes I can もその流れかも知れません。
当社の所属していた団体に山崎専務と云う人がおられ私は未だ卒業して間もない頃だったと思いますが、どんなむつかしい問題に直面されても困った顔をせずに、常に前向きで落着いておられました。頼もしく不思議に感じ、どうしてそんな風になれるのですか?と訊ねましたら、その答えとして一冊の本を送って下さいました。それは中村天風先生の”真人生の探求”と云う題名の本でした。そこには潜在意識のこと、呼吸法のことが書かれ、とにかく積極的になれと云うことでした。先生の作られた前向きになれる唱句を毎日口づさみ潜在意識に埋めこめれれば、重い病気もなおせると云われます。
丸山敏雄先生も 万人幸福の栞 の第三章で”真人生の成就”をといっておられますが、この頃のすぐれた人は”真人生”真の人生を多くの人々に会得して欲しいと努められたのではないでしょうか。

【経営手法】
次に具体的に 経営において何を考え、何を行うかであります。どんな仕事をするか、どんなやり方、今風に云うとどんなビジネスモデルと云うことになるでしょうか。親の跡を継ぐ、自分の経験を生かして仕事をする、この二つが多いと思いますが、私の身近な知人で業種転換を見事になし遂げられたケースもあります。3番目の業種転換が良いでしょうが、なかなか勇気を持って踏みこめませんし、例えやったとしても成功するとは限りません。結局、今の仕事をどう効率よくやるか、どう売り伸すか、どう変化させるかになります。
単一作業化してコンベアを活用する方法が生産量が豊富な時には考えられます。段取りがえの時間を短縮することもよく考えました。これは小集団活動とともにトヨタのよく用いる手法です。ロータリーの会員であった沼田さん(この方はトヨタ自動車から東海理化の社長になられた人です)から卓話で伺ったことですが、手の動きでも無駄な動きは極力へらすように仕事を仕組むことです。
以前は開発・購買・生産・販売と云う風に分れてものごとを整理していましたが、現在はマーケティングという一つの流れで考えられます。中小は大手に追い詰められていくのが普通の流れです。大規模なところは一部づつダンピングを仕掛けていって、中小を少しづつ淘汰していきます。ランチェスターの説によれば、戦力の差は二乗の差になるようです、だから、多い方は少ない方に比べて圧倒的に強くなる訳です。更に大手はこれに加えて集中と選択、すばやいと云う意味のアジルを戦略として、市場は飽和又は多少縮小しても、自分だけは拡大する考えです。
これにどう対処するかですが、一つはランチェスターを逆手にとって、ある小さな分野では量的優位性をつくり出せると云うことです。関係しますが意識的にニッチ市場を見つける、作り出す考えです。それから共同して製造する方法です。共同して販売する方法もありますが、この辺りは住み易いところですので共同販売、共同開発は難しいかも知れません。しかし共同生産、コストセンター的な方法は有効だと思います。
もう一つ中小の方がかえってむいている考え方があります。それは女性ホルモンのオキシトシンに注目したものです。自分の方が好意的にふるまえば、相手も好意的に反応してくれると云うものです。これはアメリカのお医者さんが実験で証明され、神経経済学と云う本にしておられます。これなども”利他は自利なり”を示しているようです。

【採算重視】
何をするか、どう効率化するか、販売のねらい等話しましたが、採算重視が大切です。売れば儲かると思い、売れば売るだけ損をしていることがあります。簿記の基本だけ身につけ月次損益をしっかりつかむことが一番肝要です。私が学校を出た50~60年前は社会全般にお金の蓄積が少なく、借金、貸金が多く、手形とかこれは法律にはない事ですが、先付小切手が決済の中心でありました。従って金利も10%位が当り前でしたし、資金繰りで消えるところが多くありました。
学校を出たばかりの頃、叔父のお供で資金のひっ迫している販売先に行った時のことでした。叔父から先様の試算表を作るように命ぜられましたが、何が何だか判りませんでした。叔父は当然、私が学校で簿記ぐらいは習ってきているものと思っていたようです。その時は大変恥かしく思い、その後本を頼りに簿記の原理、実務を身につけました。簿記は足し算と引き算だけのもので計算がむつかしいものではありません。しかし仕訳による複式簿記は実によく出来た仕組みで、ストックとフローの両面から利益を算出でき、検算も兼ねた優れものです。マザックの先代社長が資金面で苦労なさっていた時に、北海道へ飛ぶ飛行機の中の1時間でカッパブックスによって簿記の仕組みを理解され経営に自信を持たれ、その後の発展につながったと何かで読みましたが、簿記を腹おとしすることがどんなに大切なことかと思っています。
それからソニーの人が開発したマネジメントゲームも有効な手法です。売上単価から仕入単価を差し引くと粗利単価が算出されます。この粗利単価に売上個数をかけると粗利額が出ます。ここから経費を差し引くと利益が出る仕組みです。数人でゲームのように利益額を競うものです。ゲームを楽しみながら会社の利益の仕組みを知らずしらずに身につけるものです。最後にゲームをした期間の取引合計をマトリックス試算表に書き移し、貸借対照表と損益計算書にします。後半の試算表づくりはやや蛇足のきらいがありますが、前半のゲームを通じて粗利の発生を疑似体験するのは極めて有効だと思いました。私もこのマネジメントゲームを幹部と営業担当者を対象に一時期一所懸命に実施しました。
それから部門別採算が重要であります。その他キャッシュフローとかアメーバ経営的な仕組みも役に立つと考えられます。船井総研の創業者である船井幸雄さんがいつも強調されていましたのが長所伸展法であります。”得手に帆をあげよ”という諺がありますが、利益が出ているところ、売上が増えているところを伸ばせと云うものです。聞けば何だと云うようなことですが、経営はじめあらゆる事の基本だと思います。長所伸展法を経営面で生かそうとすれば、この部門別採算が基本になります。但し経営者として考えねばならぬことは、現在および未来の部門別採算であります。選択と集中(選択の中に既に集中の意味が含まれていると云われますが)スクラップ&ビルド等も部門別採算がはっきりしなければ出来ないことです。ダイレクトコスティング直接原価計算もこの考えによるものです。これで具体的な経営についてのお話は終ります。
以上、潜在意識、経営手法、採算重視と3つのことをやってきて良かったと思う事としてお伝えしてきました。ここでもう一度”利他は自利なり”について申し上げます。日本的経営と云うものが、一時期持てはやされましたが、やはり相手の気持ちをおもんぱかるところに基本があると思います。18世紀に入って石田梅岩によって説かれた石田心学や近江商人の商法が、自分の利益だけを考えるのではなくて、相手の利益を考えると云うゴールデンルールによっていることが、日本的経営の大きな拠り所となっているように思います。二宮尊徳のたらいの教えもまさしくこの考えと一致しております。
それからキリスト教世界の西欧に於いても勤勉に働いて安くて良質なサービスや商品を提供することは隣人愛の発露であり、その結果その人は救われ、安寧な心が得られるとするカルヴァン主義が利益追求の資本主義のもとになっています。勤勉に努力することが結果として利益を生み出すからです。
即ち、洋の東西ともに”利他は自利”と云えるように思えます。
なぜそうなるのか判りませんが、他が喜ぶようにすれば、利益が出るようにすれば、結果として自分の方も幸せになるし、利益に結びつくように思えます。ある意味大袈裟かも知れませんが、『利他こそが最良の道』と云うのが私の50年間の答えであります。